摩利支天塚古墳
他の地区の摩利支天を検索しても、必ず出て来る摩利支天塚古墳です。
大和政権が下野の国全体を支配下に置いた最初の大首長の墓(5世紀末から6世紀初頭)と言われているようです。
摩利支天塚古墳の次に造られたのが、栃木県で一番大きな古墳・琵琶塚古墳で、すぐ北側にあります。
親子なのかもしれません。
下毛野古麻呂(不詳 - 和銅2年・710)の先祖のお墓のようです。
この古墳に行く前に、摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館で知識を仕入れてから行きましょう。今年4月1日開演しました。
グーグルマップでは、まだ載っていませんでした。
摩利支天塚古墳の北東、琵琶塚古墳の道路を挟んだ反対側になります。
摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館 小山市大字飯塚335
摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館
摩利支天塚古墳出土埴輪
摩利支天塚古墳は後述する天台宗台林寺の持ち物です。
摩利支天社では、年に一度の祭礼に大護摩供を行っているようです。
摩利支天社の裏から撮った景色です。
天台宗 台林寺
摩利支天塚古墳からは300メートルほどの場所にあります。
枝垂桜の咲く頃は、見事でしょうね。
石仏が並んでいましたが、この近辺には十九夜塔が多く見られます。
如意輪観音様が、上に彫られています。十九夜の日は女性が集まり、安産の祈願をしたようです。
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