青梅線の線路を越えると、すぐ左に折れれば裏宿神社です。
踏切が丸石天ですから、明らかに摩利支天からきていることは明らかです。
右が稲荷八幡神社です。
中世から摩利支天宮と呼ばれていたようですが、明治になり「山祗神社」と名を変えられました。
昭和になり、梅園神社となり、さらに平成になり、裏宿神社となりました。
際神は大山祇神と摩利支天です。
私のカーナビでは倍率により梅園神社と裏宿神社が同じ場所に表示されますので、場所を間違えたのかと思いました。
ここを地元の氏子さん方は、「まりしてんさま」と言っているそうです。
名前の変遷も、廃仏毀釈に対する地元の方々の反発があったからでしょう。
各地に似たような例が、沢山あります。
裏宿神社となる前の旧地は、八幡稲荷神社の上の方にあるようです。
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栗原行廣 (木曜日, 11 11月 2021 22:01)
昭和7年に「青梅町裏宿摩利支天山頂」と言われる場所で法要を営んだという記録を調査しているお寺の僧侶です。
この裏宿神社が遷宮以前の場所、摩利支天さまと呼ばれていた時代の稲荷八幡神社の上の方という場所を尋ねたいのですが、どなたにお尋ねしたら宜しいのでしょう。
電話:090-3232-1811 またはe-mail:tamadojo@kfy.biglobe.ne.jp
栗原行廣 (木曜日, 11 11月 2021 22:10)
青梅市文化財ニュース第377号で情報確認しました。郷土博物館を通じて調べてみます。
住職 (金曜日, 12 11月 2021 13:21)
情報ありがとうございます。